「今の自分じゃ不十分だ」
「もっとこうならないと幸せでない(もしくは、将来こうなったら、幸せになれる)」
「人から評価されない、認められない」
「愛されているか不安」
「人から愛されない私はダメだ」
などなど、
私たち人は、
人生で起きる様々な出来事がきっかけで、
様々に否定的な思い・感情を感じる生き物です。
また、
それらを感じるのがあまりにも嫌だと、
仕事であれ何であれ、
それらを考え、感じる隙がないように
日々の生活において常に自分を忙しくし、
外側の物事に埋没することによって
その不快な思いを見て見ぬふりをしたりもします。
今日は、そんな私たち人間の宿命とも言える、
ネガティブな精神構造(特に罪悪感や無価値感)
を根っこから落とすためのきっかけを
分かち合いできればと思います。
まず、人は、「自身の思いを投影」して、相手をみています。
とくに、家族であったり、パートナーであったり、
親友であったりと、
その相手が
あなたにとって近しい人であればあるほど、
その投影度合いが強くなります。
どういうことかというと、
例えば
「自分のこんなところが嫌だ」とか、
「自分のこんなところがだめだ」
と思っている部分や、
逆に「自分のこんなところが好きだ」、
「こんな点は良いところだ」と思っている部分、
また、
「人とはこうだ」「この出来事はこうだ」
「この場合はこうすべきだ」
とジャッジしているあらゆることを、
相手や周りの出来事全てに投影して、
ほぼ無意識的に判断を下している、
ということをやっているのです。
それを、「お互いに」
ほぼ無意識にやっています。
幼い頃は、周りにいた身近な大人たち、
親や育ててくれた人たちとの関係でそれが生じます。
例えば幼い頃、親や周囲の大人たちから何か言われた場合に、
それがポジティブなことであれネガティブなことであれ、
「私にはこんな一面があるんだ」
と、それを「自分の構成要素」として
幼く純粋なあなたは、
何の疑いもなく、採用していきます。
それによって、
自分というアイデンティティが確立していく
のです。
ですが、それは、
その親だったり周囲の人自身の「投影として」
あなたを観た時に思ったことなのであって、
真実のあなた自身を指し示しているわけではありません。
ですから、
それらがどんなことであれ、
あなたを正しく表現できていません。
同様に、あなたが誰かに対して判断していること全て、
あなた自身の投影で、その相手をみているだけで、
相手を正しくみれていません。
これが人間同士、人類規模で日々おこなわれています。
お互いさま、といったところでしょうか・・^^;
ですから、
たとえば誰かが、
あなたのことをいくら否定したとしても、
それはあなた自身のことを言っているのではなくて、
◯◯はだめだ、嫌だ、やってはいけないことだ、
などとその人が思っている部分を
あなたに投影して見ているに過ぎない、
その人の中で否定している部分を
単に表明しているにすぎない
のであって、
あなたが傷つくことは全くないのです。
だって、それは真実ではありませんから。
つまり、
人は、過去にあらゆる人があなたに対して下した判断、
それらの記憶の集約を「自分自身だ」と思って
勘違いしているだけなのです。
そして、
それはあなたの周りにいた全ての人からの
様々な投影、様々な判断が混じっていて、
本当に多種多様なので、
あなたという情報が錯綜し、混乱しているのです。
それが、
自分自身のことがよくわからない状態に陥ったり、
苦しみの元になっているのです。
これが腑に落ちると、
「偽の自分」がごそっと落ちて、本当に楽になると同時に、
本当のピュアな自分に出会えます。
腑に落ちるには、
やはり瞑想だったり、それに類するワークが
助けになることでしょう。
本当のあなたに目覚め、出会えますように。
それでは本日も、ウェルビーイングな週末をお過ごしください^^